広島旅行2021
目次
はじめに
こんばんは。
今回お届けするのは今年8月・・・ではなく昨年8月に広島旅行の模様です。こうして沢山眠らせているネタがあるわけですが、古くなりすぎる前に放出したいところです。
この旅行は元々予定していたものではなく突発的に親友と行くことになったと記憶しております。8月上旬の広島と言えば何でしょうか。分かりますよね。「原爆の日」です。
かねてより8月6日の広島は他の地域の8月6日と雰囲気が大きく違うことは聞いておりましたので、いつかその日の広島に訪れてみたいとはテレビ越しで毎年思っておりました。
何がきっかけだったかは忘れてしまったのですが、親友がバイクで1泊2日広島に行くと言い出して私も急遽便乗した流れだと思います。
親友はバイクで広島へ向かうということでいつもの旅行であれば私は車を借りて縦列走行のパターンがお決まりなのですが、今回は観光に公共交通機関を使うだろうということが分かっていたので、私は新幹線で向かい親友とは現地集合することにしました。
1日目
新幹線に乗って広島へ
新大阪駅前の温度計は40℃を示しておりました。
外を歩くだけですぐに汗だくになるような快晴の日でした。
できれば金券ショップで少しでも安くチケットを手に入れたいと思い、歩き回って自販機に辿り着いたものの、あまりお得感を感じなかったので買いませんでした。せっかく種別の豊富な山陽新幹線の区間においてのぞみ・ひかり縛りになってしまうのも残念ですし。
無駄足になり汗ダラダラになりながら新大阪駅に戻り、素直に正規の切符を買うことに。
新大阪駅14時6分発のさくら559号に乗って向かうことにしました。
ホームには既に乗車する列車が入線しておりました。
一見普通のN700系に見えますが、16両編成のノーマルなN700系に比べると青白くてクールな印象なんですよ!実際にカラーは違うようです。個人的にはこっちのホワイトの方が好みですね~。
東京から博多まで行ってしまうのも驚きですが、大阪から鹿児島まで行けるのも凄いなと思います(小並感)
さくら号に乗りたかったのはアイドルグループさくら学院(2021年8月解散)を推していて、そっちの界隈のツイートのネタになりそうだからという狙いもありました笑
新幹線における歴史は浅いですが、さくら号の歴史は長く、遡ると1923年にルーツは存在します。東京と下関を結ぶ特別急行列車に命名したのが始まりのようです。
九州新幹線に直通するN700系の特徴は自由席と指定席の座席の質が異なるということです。
3+2の配列が多くの新幹線の普通車でポピュラーですが、こちらの指定席は普通車にもかかわらず2+2なのです。つまり自由席、指定席、グリーン車で3等級に分かれるのです。
普段、筆者は東海道新幹線を利用するときに指定席切符を取ると追加料金がかかるのに座席のクオリティが変わらないことに納得がいかず自由席ばかり利用するのですが、今回ばかりは指定席を選択しました。というかこの座席を体験してみたかったのであります笑
スマートEXで予約しました。スマホ上で座席指定できるのはとても便利です。
今回は全区間山陽新幹線で発券もJR西日本の扱いなので「海C」ではなく「西C」です。
車窓から車庫で休むトワイライトエクスプレス瑞風を見ることができました。
姫路を過ぎるとこういったのどかな景色が続きます。
日本らしい田園風景、私は大好きです。故郷北海道の「自然」とはひと味違います。
岡山駅に到着。両備バスでしょうか、沢山のエアロスターが駅前に停まっています。
岡山も未訪問なので観光してみたいですねぇ。
いわゆる末期色に塗られた国電が沢山休んでいます。
広島が新型電車に置き換えられた今、まとまった数の国鉄車両が現役で活躍しているのは岡山地区くらいになりました。この光景が見られるのもそう長くはないはずです。
ちなみにこの頃公衆電話のサービス終了が話題になっていた覚えがあります。
撤去が追いつかず、使用停止の状態で残されているものが多くありました。
快適な座席で寛いでいたら広島が近づいてきました。
山陽新幹線は直線が多くて乗り心地が良いです。それに対して東海道新幹線と言ったら・・・乗り心地が悪くてテーブルに置いている駅弁が左右に移動します。古いので仕方がありません。
過去にも新幹線で通ったことはあるのですが、広島駅に降り立つのは初めてでした。
広島の繁華街を散策
早速バスに乗車して中心街である八丁堀へ移動しました。
バスに詳しい方なら分かると思いますが高槻市交通部からの移籍車です。
バスや路面電車を眺めながら暇を潰しました。
バイクで向かっている親友の名義でホテルを予約しているので、親友が広島に到着するまで待とうと思っていたのです。
広島で驚いたのが一旦バス停を離れようとしたバスが赤信号に引っかかるとそのままの位置で扉を開放して客扱いをしている光景でした。広電バスも広島バスもやっていたので広島では当たり前なローカルルールのようですね。
暑すぎて外で待ってられないと思った私はカフェで時間を潰すことにしました。
ちなみにこの写真の喫茶店は気になったものの入らず結局ドトールにw
ホテルにチェックイン
親友が渋滞にはまったとかで到着が大幅に遅れる連絡を受けたので先にチェックインすることにしました。宿泊したのは八丁堀からも徒歩圏内のレッドプラネットホテル広島です。
レッドプラネットホテルズはタイに本拠地を構える外資系のホテルチェーンです。新しくてとても綺麗で良かったです。
インバウンド観光客ウケを狙っているのか遮光カーテンには広島の街並みが描かれておりました。
使用後の写真で恐縮ですが、外資系のホテルらしくバスタブはなくシャワーだけです。
天井から水が出るタイプでガラス張りなのも”海外っぽい”です笑
忘れ物をしてあたふた
ちなみに親友が到着するまでの時間は再び街に繰り出して家電量販店を探索したりしておりました。というのも、広島滞在中にネット上で受験しなければならない大学の期末テストがあるにも関わらずパソコンのACアダプターを置いてくる失態を犯しました。
仕方が無く互換のACアダプターを購入したのでした。当時は痛い出費で萎えていましたが、予備のACアダプターを手に入れたことで、今では純正品を自宅固定にして広島で購入した互換品を鞄に常時入れており便利になりました。
一番単位を落としそうな科目でしたが、無事単位も取得できて、あのときACアダプターを必死に探し回って良かったなと思います笑
夕食
この日の晩ご飯は地元のスーパーに買い出しに行きゲット。
広島県産の赤鶏や瀬戸内さんのいわしを食べることができました。
親友は長時間の運転で疲れていましたし、翌朝は早くから平和公園を訪れる予定だったのでこの日は早めに床に就きました。
2日目
平和公園で過ごす8月6日の朝
この日も朝から気持ちの良い青空が広がっておりました。
6時半頃にホテルを出発し、平和公園へ徒歩で向かいました。
長蛇の列に並び、献花台に黙祷をしに行きます。
式典前の早朝の時間帯と式典後は参列しない一般人でもお祈りすることが可能です。
テレビで総理大臣や広島市長、小学生らがスピーチをする”あの場所”です。
私たちは原爆ドームを一望できる川岸に移動し、”その時”を待つことにしました。
こんなことをしていたら、テレビ局の方に声をかけられ、中継で私たちが原爆ドームの方向を向いて黙祷をしている姿を後ろから撮りたいというので快諾しました。
まさかのテレビに映るという印象的な思い出ができました。
報道陣も暑い中大変そうでした。
すだれかよしずでカメラを覆い、温度上昇を抑えているようです。
ホテルへ戻る道中でもデモ隊を見かけるなど、広島市民にとって一大イベントであることを痛感させられました。今後も語り継いでいかなければなりません。
よく見ると広電の「被爆電車」が橋を渡っているのが分かります。
ホテルで一旦休憩
8時台から既に日差しが暑く、汗をかいた状態でホテルに戻りました。
前日にスーパーで買っておいた白バラコーヒーを飲んで目を覚まします。
白バラコーヒーとは鳥取県の大山乳業農業協同組合が製造・販売している名物のコーヒー飲料です。広島名物ではないのですが、中国山陰地方の括りでご紹介。
NHKでは特番が終了した後、東京オリンピックの競歩中継が始まりました。
私の故郷である札幌で開催されたので札幌の街並みを眺めながら休憩しました。
広電で宮島へ
リフレッシュしたら行動開始です。
この日は広電の一日乗車券を利用して観光することにします。
朝早かったこともあり、電車の中でウトウトしながら宮島口にやってきました。
乗車した車両はドイツ製の輸入車両5000形グリーンムーバー。
海外製ということで保守性に難があるのか一部の編成が休車になっているようです。
宮島口駅前の風景。もうここに来たらお分かりですよね、宮島に向かいます。
連絡フェリーは二社運航されています。
JR西日本と松大汽船の2つの事業者がそれぞれ運航しています。写真は松大汽船のもの。
流石瀬戸内海とあって揺れは全然感じませんでした。
乗船時間も短いですし、これなら船が苦手な方でも耐えられるかも。
私たちはフリーパスの都合上、松大汽船に乗りましたが、JR西日本フェリーの方が大鳥居に接近して写真を撮れたり、交通系ICカードで決済できるなど観光客の方には嬉しい仕様かもしれません。松大汽船は直線ルートで広電との接続もよく、地元の利用者に親しまれている雰囲気を感じました。郵便局や宅急便の車も乗っていました。
お仕事で毎日宮島に渡られる方々には頭が上がりませんね、ご苦労様です。
宮島に上陸!厳島神社は…え!?
宮島に到着するなり、早速鹿がお出迎え。すっかり観光地の雰囲気です。
小さい鳥居を潜り抜けて厳島神社へ向かいます。少し南国の空気を感じました。
人力車で観光することもできるようです。楽しそうですね。
日よけがあって乗っているお客さんはとても快適だと思いますが、この暑さでは車夫さんが大変そうでした。
ちなみに宮島はアーケードが充実していてお土産店が軒を連ねております。
下調べせずに向かったのが悪かったのですが、ちょうど大鳥居が修繕中で覆われていました。
同じく悲しんでいる様子の観光客の方々もいらっしゃいました。
まあこれはこれで今しか見られない珍しい光景だとポジティブに捉えました。
ちなみに潮干狩りをできるような場所なので勿論生き物が歩いています。
潮が引いているときは砂地に下りて歩くことができます。
厳島神社はいつもの姿で見ることができたので正面からパシャリ。
中を探検。蒸し暑い日本の夏でも快適にするためか透け透けの構造ですね…それは日本の歴史的な建造物全体に言えることですが、ここがそれが顕著です。穏やかな海だから海の際まで建物を持ってくることが出来たのかもしれませんね~(憶測)
これまでテレビや写真などで沢山見ていた場所に自分が立っているというだけで満足感を得られるものです。
厳島神社を楽しむことができました。おとぎ話の世界に来た気持ちになれましたね。
どこを切り取っても絵になる。宮島は写真を撮るのが楽しかったですね。
まだ8月なのにもみじが色づいていて驚きました。
広島はもみじまんじゅうが名物ですからね、象徴的な風景と言っても良いかもしれません。
風情のある売店で瀬戸内はっさくラムネを購入し飲んでみました。
汗が止まらなくて水分を欲していたので柑橘系の爽やかなラムネに癒やされました。
宮島の楽しんで広島市内へとんぼがえり
親友との旅行は雨に当たることも多めですが、今回の旅行は天気に恵まれました。
長い時間滞在できませんでしたが、広島市内での観光の予定もあったので早めに撤退。
ちなみに松大汽船のフェリーの中はこんな感じです。この下の階に普通の客室がありますが、空気が悪くて私は酔いそうだったので展望デッキにして正解でした。
本州に戻った私たちは再び宮島口から広電に乗って広島市内の方面へ戻ることに。
戦争の爪痕を聞いて、見て、触って学びます
広電の原爆ドーム前電停で下車し、再び平和記念公園に戻って参りました。
地元テレビ局の取材が行われていました。
ご存知のように原爆ドームは屋根や壁、窓ガラスが吹き飛び青空が顔を覗かせています。
皆が「もうこのような過ちを二度と繰り返してはいけない」と思う世の中になって欲しいなと切実に思います。自分の生きている間は勿論のこと、その後の時代でも永続的に…。
原爆ドームを間近で眺めた私たちは追悼平和祈念館を訪れ、語り部によるお話を聞きました。
私と同じく大阪から訪れている中学生か高校生の団体も真剣に耳を傾けていました。
北海道で中高を過ごした私にとって戦争の学びは少なかったため、10代のうちから生の学びを得る機会があることは素直に羨ましいなと思いました。
幸いにも私の祖父母はみんな戦前生まれですので、少なからず戦争体験は幼少期より聞いてきましたが、被爆した広島の人々のお話は重みが増します。
今後は家族に戦前生まれのいない子ども達が増えていくので、意識して私たちが語り継いでいく必要がありますね。
私と親友は談話を拝聴した後、広島平和祈念資料館に向かい2~3時間かけてじっくりと展示品や資料を見て回りました。とても充実した内容で、日本国民の皆様には人生で一度は訪れて欲しい資料館だと感じました。お世辞抜きでこれまで訪れた資料館の中でナンバーワンかもしれません。
資料館自体の歴史も長く、リニューアルの度に工夫を重ねながらセンシティブな内容の発信に努力してきたことがひしひしと伝わってきました。バックグラウンドを知れて非常に興味深かったです。
夕食を食べて夜景を撮りに行こう!
気を取り直しまして…資料館で頭と体力を使ったのでエネルギー補給ということで繁華街へ。
広島名物のお好み焼きを食べたければここに行っておけば間違いはない「お好み村」を訪れました。ここには複数のお好み焼きのお店が軒を連ねています。
お店の方々が優しくて『どこから来たの?旅行?』と聞いてきた覚えがあります。
もちろんお好み焼きも美味しかったです。関西人の父親を持つ私の実家では広島風のお好み焼きを作ることがなかったので新鮮です。底が麺になっている広島スタイルのほうがあっさりしていて胃もたれしない気がします笑
2階から4階まであって、沢山のお好み焼き屋さんが軒を連ねているのでオススメです。
また広電に乗って観光を続けます。
広島の路面電車は石畳の軌道が多く残っており、昭和の雰囲気を味わうことができます。
路面電車を待っている間に広島バスの古参7Eを見かけました。
バス協テールで方向幕、メトロ窓、ツーステと渋い仕様です。そしてふそうシャーシという変態仕様です。
十日市町の電停で横川方面の電車に乗り換えました。
ここには広電の操車塔が残っています。路面電車の路線が分岐する箇所では操車塔で職員がポイントを操作していました。現在では全て機械によってコントロールされている為、遺構として交差点に残されています。函館の十字街電停にも存在します。
横川駅に到着した私たちは徒歩で竜王公園に向かいます。
広島の夜景を見るために高台のスポットに行って写真を撮ることになりました。
階段や坂が続いて運動不足な私たちには結構ハードな運動となりました。
確か帰りの電車の時間も考慮すると余裕がなかったんですよね笑
早歩きで無事到着。バイクや車で訪れている方々がいらっしゃいました。
夜景はどの街で見に行っても綺麗で感動します。人々の営みを実感できる瞬間です。
写真を撮り終えたら早歩きで下山してきました。なんと滞在時間は8分でした笑
横川駅に到着したら意外と猶予が生まれたのでスーパーで買い物をして電停へ。
ここの乗り場は広電の停留所のなかで一番お洒落だと思っています。
緑色の新型車両も良い感じに溶け込んでくれる緑を基調としたデザインの電停です。
乗車します。この電車ではなく反対側に停車していた7系統広電本社行きに乗ったはずです。
広電は沢山のバリエーションの車両が活躍していますが、新型の低床車両は近畿車輛が製造しているようです。U3プロジェクトとは広電と鉄道車両製造メーカーの近畿車輛や主に足回りの機器類を製造する東洋電機、そして三菱重工を巻き込んで共同で新型低床連接車両を開発するプロジェクトのことです。
日本トップクラスの路面電車路線網を築いている広島電鉄とメーカーとが共同で開発することに大きな意味があるのでしょうね。路面電車の製造は阪急系のアルナ車両が大きなシェアを持っているので対抗する意味もあるのでしょうか。。。マニアの妄想に過ぎませんが笑
途中、原爆ドーム前電停で下車。
7系統広電本社前行きは紙屋町西で分岐してしまうため、八丁堀に向かうためには後続の電車に乗り換える必要がありました。
22時30分を過ぎていましたが、この時間でも30℃超えの暑さでした。
いわゆる「超熱帯夜」の日でした汗
ホテルに戻るとテレビでは物騒なニュースが報道されていました。
小田急のこの事故を契機に車内で暴れる系の鉄道事件が急増した印象です…。
朝から晩まで濃密な1日を過ごすことができました。これにて2日目終了です!
3日目
ホテルチェックアウト、八丁堀で交差点修行
確か11時チェックアウトだったのですが、その時間ギリギリまでホテルで滞在しました。詰め込みスケジュールの旅行だったので早起きはできませんでしたね笑
親友は広島市を出て尾道など途中寄り道をしながら帰りたいとのことだったのでホテルでお別れをして私は単独行動をすることにしました。
ちょうどこの日からさくら学院の解散前ラストアルバム発売を記念したパネル展示とメンバーからのメッセージカードの掲示が全国のタワーレコードで始まったので広島店一番ノリを狙って訪問しましたが、開店直後に訪れた方が先にTwitterにアップしていて悔しかったのを覚えています笑
用も済んだので八丁堀から離れて広島駅へ向かうことに。
親友との観光目的で訪れて全然オタ活はできなかったので1人で再訪問したいですね。
八丁堀から広島バスに乗って広島駅にやってきました。
新7E車体のKL-UA452MANになります。
ばいばい広島
帰りも新幹線に乗って大阪へ戻ることにします。
ここから東京行きが沢山出ていることがスゴいですよね(語彙力)
ラッチ内にマツダの車が鎮座しているのが広島らしい光景です。
実際に道路を見ていてもマツダ車の数が多くて驚きました。
ベンチに紅葉の柄が入っているのを発見。しっかりもみじ饅頭も購入しました。
帰りはのぞみ号で。
この後、タワーレコード高槻阪急店を訪れてからバイトに向かいました。
旅行帰りでそのままバイト直行というスケジュールは最近やる気になりません笑
最後まで見て下さりありがとうございました。
広島は2泊3日で観光しやすい街だと感じました。もう少し堪能したければあと1日、2日足せばもっと楽しむことができると思います。何より、原爆ドームや資料館など戦争の遺構を今でも見ることができるので一度は皆様に訪れて頂きたい場所です。
何かしら考え方が変わると思いますよ。